食品産業の位置づけ
日本の食品製造業は、安全安心な食品を安定的に供給することを通じて、豊かな生活の実現に貢献するとともに、経済の担い手として重要な役割を担っています。食品製造業、流通業、外食産業からなる日本の食品産業は、平成23年において食用農林水産物10.5兆円と輸入加工品6.0兆円を原材料として、最終消費額76.3兆円の食品市場を国内で形成しています。内訳としては、外食25.1兆円(32.8%)、加工品38.7兆円(50.9%)、生鮮品12.5兆円(16.3%)で、食品産業は生産から消費に至る流れの中で、5倍に及ぶ付加価値を生み出す大きな産業群を形成しています。
食品製造業や外食産業、関連流通業に農林漁業も加えた食品産業全体で見ると、国内生産額は約100兆円と国内総生産額の9.5%、就業者数は827万人で全就業者数の13%を占める巨大産業です。このうち、食品製造業の製造業に占める比率を見ると、事業所数で14.3%、従業員数で15.9%、製造品出荷額で11.0%、付加価値額で11.1%を占めています。事業所数、従業員数は、製造業の中では1位であり、製造品出荷額や付加価値額は自動車などの輸送用機械器具製造業に次ぐ存在感を有しています。飲食業は、従業員数でサービス業全体の14.8%、売上高で4.9%を占めており、サービス業の中では、売上高で不動産賃貸業などに匹敵する産業です。
食品産業の強みと弱み
食品産業と言っても、ほかの産業同様、その規模はさまざまです。大企業や中堅企業、中小企業の割合を見ると、食品産業全体では中小企業の割合が99.8%と全産業平均並みに高い水準です。食品製造業を見ても99.6%と製造業平均並みの高さです。
工場の規模を見ると、食品製造業は他の製造業と異なり、従業員1,000人以上の大工場が極めて少ない特徴があります。
日本の食品製造業の強みと弱みとして、以下の点が指摘されています。
強み
1 高水準の生産工程と製品の品質
日本の厳しい消費者に鍛えられた日本の食品産業の水準の高さの例として、おもてなし文化でインバウンド需要も惹き付ける外食産業が知られていますが、食品製造業でも食材そのものに加え包材や容器などにも高い技術が用いられています。
このことは国内の消費者にも広く認識されており、消費者庁の調査によると、事業者が積極的に取り組んでいると思うものとして、安全性の高い製品やサービスの提供を挙げた人の割合が65.5%と最も高く、次に製品やサービスについての説明や表示が42.6%、修理などアフターサービスの実施が42.6%、環境に配慮した製品やサービスの提供が41.5%、誰にでも使いやすい製品やサービスの提供が40.9%の順となっており、国内で高い品質を目指す事業者の姿勢が評価されていることが分かります。海外でも日本製品の品質に対する評価は高く、日本製品に対する信頼の高さがうかがえます。
2 次々と新製品を投入する製品開発
菓子や飲料、パン、めん類などでは、季節ごとに新製品が多数発売されるのも日本の食品産業の特長です。スーパーやコンビニ、ドラッグストアの棚の4分の1程度は新製品で占められていると言われています。全く新しい製品だけでなく、形は維持したまま新しいフレーバーでバリエーションを増やすことも多いです。昨今は、全国的な定番製品の地域限定製品を、お土産需要を見込んで発売することも少なくありません。日本の食品産業は、企業のブランドよりも製品ごとのブランドによる訴求を重視することも、この傾向の背景にあります。
一方で製品開発のみならず、棚の入れ替え、それに伴う旧製品の廃棄ロスなども含めると、新製品の投入数の多さがコスト増の要因となっているとの指摘があります。
3 より安定した輸送や長期の保存を可能とする包装及び充填技術
食品産業は、常温で長期保存でき、簡便に食卓に供することができるレトルト食品をはじめとして、包装や充填技術を活かし、多様な食品を提供しています。こうした包装や充填技術は、生活様式の変化に伴う調理時間の短縮化の要請に加え、保存期間の長期化による食品ロス削減の観点からも、今後需要が高まると見込まれています。
4 短時間で鮮度を維持しながら提供できる物流網
日本の食品の物流は、定時性や速達性に優れる自動車輸送を中心に発達しています。特に低温あるいは定温物流の発達が、遠隔地の生鮮品をより高い鮮度で大都市圏に提供し、冷凍冷蔵食品の普及を促し、さらに近年の中食需要の増加を支える上で貢献しています。
5 伝統や地域性、機能性に支えられたブランド
ブランドには、ほかの製品と区別する機能、品質を保証し信頼を獲得する機能、何らかの魅力を発することでひきつける機能があるとされます。こうした機能を生み出す要素として、伝統や地域性、機能性などがあり、日本の食品にはこうした要素に富んでいます。
日本独自の伝統的な製法で製造された食品、日本の食文化で利用されてきた食品は海外でも注目を集めています。また、伝統が地域に根ざしている場合もブランドの源泉となります。
高齢化が世界で最も早いペースで進む日本では、健康機能の高い製品やサービスの開発も進められています。法律に基づき機能性を表示できる保健機能食品には、特定保健用食品(トクホ)や栄養機能食品、機能性表示食品があります。
弱み
1 低い付加価値
食品製造業を業種ごとに見ると、豆腐油揚製造業や食品油脂加工業では付加価値額が相対的に低くなっています。その背景としては、流通における激しい競争の影響で取引条件が厳しくなっていることが挙げられます。
国際展開する大企業と欧米の大企業と比較すると、日本の食品メーカーの収益率は大きく下回っています。欧米の大企業の営業利益率が10%台で推移し、拡大傾向にあるのに対し、日本の大企業の営業利益率は3~4%で推移しています。
2 労働生産性の低さ
食品産業は、そのほかの産業と比べて労働生産性が低い状況です。食品製造業は、製造業平均の50%、食品飲料卸売業は卸売業平均の90%、飲食料品小売業は小売業平均の70%、食品サービス業はサービス業平均の60%にとどまっています。
食品製造業は、付加価値額の総額では相当の規模であっても、従業員数が相対的に多いため、同じ付加価値を生み出すためにより多くの労働力を要しています。このため、従業員一人当たりの付加価値額、すなわち労働生産性が、製造業平均の約60%と製造業の中で最も低い業種のひとつとなっています。また、製造業全体では大企業の労働生産性が中小企業よりも高くなるのに対し、食品製造業は大企業と中小企業の労働生産性に大きな差が見られないことが特徴です。中小企業で見ると、食品製造業の労働生産性は製造業の中で最も低くなります。この要因のひとつは、機械設備導入による自動化が困難なため、労働集約的になっていることが考えられます。
3 低水準の給与
ほかの製造業に比べて付加価値額が低く、労働生産性も低いことに伴い、食品製造業は給与も低くなります。
その背景として、自動化が進まない中、給与が抑えられる労働者に大きく依存してきたことが挙げられます。食品産業においては、非正規労働者やパートタイム労働者の割合が高いことから、より良い待遇の雇用への移動が生じ、人材確保難にもつながっています。
4 設備の老朽化と安全性対策への懸念
労働生産性が向上しない背景として、従業員1人あたりが使用している有形固定資産を示す労働装備率が低いことが挙げられます。食品製造業の労働装備率は、製造業平均の70%にとどまっています。特に野菜漬物製造業やあん類製造業、缶詰製造業、パン製造業などにおいて、設備投資が中小企業を中心に進んでおらず、老朽化が進んでいます。
5 海外事業比率の低さ
食品産業の海外展開は、アジアや米国市場を中心に本格化しています。ただし、国内法人数に対する現地法人数の比率は、食品製造業の場合、そのほかの製造業に比べ約3分の1と低い状況にあります。また、食品輸出額の割合において、日本は欧米諸国に比べて低い水準で推移しています。
食品産業の機会と脅威
将来性を期待できる機会及び直面する脅威としては、以下のことが挙げられます。
機会
1 和食をはじめとした日本独自の食品への関心の高まり
和食が2013年にユネスコ無形文化遺産に登録され、和食は国内外で大きな注目を集めています。それに伴い、日本食の魅力は世界各国で年々高まり、海外の日本食レストランの数は、増加傾向にあります 。
観光庁が行った調査によると、訪日外国人観光客が訪日前に期待していたことで一番多かったのは、日本食を食べることです。また、ジェトロが行った日本食品に対する海外消費者意識アンケート調査によると、好きな外国料理として日本料理を挙げた外国人が最も多く66.3%となります。
こうした関心の高さを背景に、加工食品の輸出は増加を続け、輸出額の伸び率が高かった品目は、清酒、緑茶、しょう油、ごま油、米菓、みそなど日本の伝統的な加工品が目立っています。
2 健康に資する食品の機能性への世界的関心の高まり
消費者の健康に対する関心が高まる日本においては、健康の増進やバランスの良い栄養摂取に関する機能性の高さを魅力にする製品市場の拡大が予想されます。消費者庁の調査によれば、食品を購入するとき、食品の包装容器にある栄養成分表示を参考にするか聞いたところ、参考にすると回答した人の割合が54.0%と過半数を占めています。また、保健機能食品を知っていた人に、1年間の摂取状況を聞いたところ、継続的に摂取しているもしくは摂取したことがある人の割合は、特定保健用食品(トクホ)で64.2%、栄養機能食品で35.7%、機能性表示食品が25.8%です。
3 電子商取引の普及に伴う流通の多様化
日本の消費者向けの電子商取引の全市場規模は増加基調にあり、このうち食品や飲料、酒類は全体の1割を占めています。今後、高齢者や共働き世帯が増加する中で、ネットスーパーなどへの高まる需要を受けて、食品や飲料、酒類の電子商取引は更に伸びると見込まれています。また、海外との電子商取引も市場規模の拡大が見込まれ、電子商取引の拡大が日本の製品をより広い地域でより多くの消費者に提供する可能性を開く一方、他国の製品との競合を招くおそれもあります。
脅威
1 少子高齢化に伴う人口減少による国内市場の縮小
日本の総人口は、長期の人口減少過程に入っており、2026年に人口1億2,000万人を下回った後も減少を続け、2050年には9,700万人になると推計されています。
高齢者人口は、団塊の世代が65歳以上となった2015年に3,392万人となり、その後も高齢者人口は増加を続け、2042年に3,878万人でピークを迎えると推計されています。総人口が減少する中で、高齢者が増加することにより高齢化率は上昇を続け、2035年に33.4%で3人に1人、2060年には39.9%に達して、国民の約2.5人に1人が65歳以上の高齢者となる社会が到来すると推計されています。従来と同じ販売を続けるだけでは、国内の食市場は縮小するおそれがあります。
2 人手不足が確実な中での人材確保
人手不足が多くの産業で顕著になっていますが、給与水準の低い食品産業では労働力人口の減少に加え、他業種への移動も生じており、とりわけ深刻になっています。
日本政策金融公庫の調査によると、食品企業の人手不足感が最も高まっています。労働不足の原因として、求人に対する応募がないことを理由に挙げた食品企業が86.4%となります。また、飲食業は離職者が多いと回答した割合が48.8%と食品製造業、食品卸売業、食品小売業に比べ多く、安定的な雇用の確保が特に難しいことがうかがえます。
3 世界の食市場の拡大に伴う原材料争奪の激化
世界の人口は、開発途上国を中心に増加し、2050年には97億人になる見通しとなっています。特にアフリカでは12億人から25億人と約2倍に増加するとされ、このような中、世界の穀物需要については、開発途上国を中心とする肉類需要の増加に伴う飼料用と人口増による食用が増加することで、全体として増加する見通しとなります。
これまで世界の穀物の生産量は、技術革新などによる収量の向上で支えられ、需要量の増加に対応してきました。しかしながら、近年の収量の伸びは鈍化してきており、今後、遺伝子組換え作物導入などで一定の伸びが期待されるものの、地球温暖化などの気候変動や水需給の逼迫、土壌劣化等も不安要素として存在しており、中長期的には、穀物需給の逼迫も懸念されています。
まとめ
食品製造業や外食産業、関連流通業に農林漁業も加えた食品産業全体で見ると、国内生産額は約100兆円と国内総生産額の9.5%、就業者数は827万人で全就業者数の13%を占める巨大産業です。このうち、食品製造業の製造業に占める比率を見ると、事業所数で14.3%、従業員数で15.9%、製造品出荷額で11.0%、付加価値額で11.1%を占めています。事業所数、従業員数は、製造業の中では1位であり、製造品出荷額や付加価値額は輸送用機械器具製造業に次ぐ存在感を有しています。飲食業は、従業員数でサービス業全体の14.8%、売上高で4.9%を占めており、サービス業の中では、売上高で不動産賃貸業などに匹敵する産業です。
食品産業と言っても、ほかの産業同様、その規模はさまざまです。大企業や中堅企業、中小企業の割合を見ると、食品産業全体では中小企業の割合が99.8%と全産業平均並みに高い水準です。食品製造業を見ても99.6%と製造業平均並みの高さです。工場の規模を見ると、食品製造業は他の製造業と異なり、従業員1,000人以上の大工場が極めて少ない特徴があります。
日本の食品製造業の強みは、高水準の生産工程と製品の品質、次々と新製品を投入する製品開発、より安定した輸送や長期の保存を可能とする包装及び充填技術、短時間で鮮度を維持しながら提供できる物流網、伝統や地域性、機能性に支えられたブランドです。一方弱みは、低い付加価値、労働生産性の低さ、低水準の給与、設備の老朽化と安全性対策への懸念、海外事業比率の低さです。
将来性を期待できる機会としては、和食をはじめとした日本独自の食品への関心の高まり、健康に資する食品の機能性への世界的関心の高まり、電子商取引の普及に伴う流通の多様化となります。直面する脅威としては、少子高齢化に伴う人口減少による国内市場の縮小、人手不足が確実な中での人材確保、世界の食市場の拡大に伴う原材料争奪の激化です。